ジョバンニ中島の それでも生きていこうか

うまく生きては来られなかった。馬鹿はやったけれど、ズルいことはしなかった。まだしばらくの間、残された時間がある。希望を抱けるような有様ではないが、それでも生きていこうか。

蟻は這う

「…この業務は東日本大震災の緊急雇用対策として発注されたものです。既に研修は受けていただきましたが、未経験の皆さんは指導員の指示を守って、事故の無いよう作業にあたってください」

11月を過ぎれば東北はどこも冷える。しかも山の上でやるのだという仕事に備えて厚く着ぶくれした私は、窮屈なタートルネックの襟を引っ張って息をしながら森林組合の職員の訓示を聞いていた。

ハローワークでは15人募集していると聞いたが、その日集合場所に来ているのは森林組合の職員を除けば3人。私と20代半ばほどだろう痩せて背の高い青年、そして小柄で真っ黒に日焼けした初老の男性。挨拶した際に漏れ聞いたところでは、二人ともどうやら未経験ではないらしい。道理で服装も装備も私のように不格好ではない。

「山の仕事は普通、冬はやらないもので。辛いのが判ってる人はまあ、応募して来ないでしょうなあ」

初老の男性は鈴木さんといった。小柄だが、頑丈な体の持ち主であるのがうかがえた。林業の経験は長く、最近は造園の会社で働いていたと言っていた。青年の方は安田さんといい、こちらはそれまで牧場で働いていたとのこと。

職員の訓示の後は装備の身に着け方や取り扱いの説明で、これは未経験の私以外には必要ない。支給されたスパイク付きの長靴を履いてストラップで締め付けるやり方や、燃料や工具を入れておく腰袋のこと、ヘルメットと防塵フェイスガードのこと、主な商売道具となる刈払機のストラップの装着方法…。慣れてしまえば何でもない事柄なのだが、素人の私にとっては何事もいちいち物珍しく、理解できるまで何度も確認した。

 

一次産業への憧れ、というものを昔から持っている。

会社員向き、しかも営業や渉外などの仕事に向いているという自己評価は若い頃から変わらない。その通り歩いてきた。しかし農業や林業、漁業といった仕事には、生きるという事の根幹により近くて武骨な格好良さがあると常に思っていた。

震災後一時的に職のあてを無くした私は、試験を受けた役所絡みの団体で採用が決まったが、勤務は翌年度からだった。その待期期間に森林組合から出ている林業作業員募集を見つけ、申し込んでみたのだった。

震災でいろいろあった後で不謹慎なことだが、 正直なところ大層ワクワクしていた。