蟻は這う 2
坂というのは不思議なものだ。
そこに身を置いている時に、その角度を体感できる人というのは少ない。例えば、人が頭で理解している45度というのは直角の壁の半分の傾きだ。でもそれに向き合ったときに感じる傾斜は、上り下りいずれでも遥かに急なものになる。徒歩や自転車で上るのに骨折るところでも、実際には分度器にあてれば5度もない。
わたしたち人間は平面で進化したからだ。
森林組合での仕事の初日。
幸いにしてまだ雪もない山の麓の集合場所で、朝礼をする。無駄話をして煙草など吸う。装備の点検など準備をする。それから山を登る。
登山をする方には解るだろう。山道を登る事それ自体が結構な運動だ。私は登山などやったことが無かったし、飲酒煙草といった不摂生をもう20年は続けてきていた。
10分も登ると息が続かなくなった。視界の縁が黒くぼやけた。
「少し休みましょう」
指導員に憐れむような目で見られても、心臓は暴れ、肺に力は無い。立ち止まって見守る人たちに囲まれて、私は膝に手をつき、終いには地面に膝をついて息を盛り返そうとした。釣り上げられた魚のように喘いだ。
「初めての人には、山登りは辛いです。待ちますから」
指導員役の青年は煙草に火をつけ、腰袋から抜き出したペットボトルの水を口に含んだ。後で聞いた事だが、未経験と言って林業に飛び込む人はそれなりにいるらしく、その殆どは、その日の私のようなことになるらしい。彼にしてみれば別に意外でもない想定内の出来事だったのだ。
麓からいくらも上っているのではないから、空気が薄い訳ではない。程無くして呼吸のペースを取り戻した私が回復したと伝えると、私たちはまた無言で山道を登り始めた。
途端にまた、視界が黒ずみはじめた。